神戸山手大学 都市交流学科 河上邦彦教授「中国に見る日本文化の源流」


[ 第37話 めんとう ]
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陽高漢墓の外形

 中国留学から帰国して間もないころ、小野勝年先生に呼び出された。その時、小野先生は「君は中国に行ってきたので都合がいい。陽高漢墓の報告書を作る手伝いをしてほしい」といわれた。おかげでその日から七、八年間、この仕事にかかわることになってしまった。


 中国・山西省陽高の堡城県には、前漢から後漢にかけての古墳がたくさんあって、一大古墳群を形成している。昭和十七から十九年にかけて、東方文化研究所がこの地でいくつかの古墳を選んで発掘調査し、その調査に小野先生や日比野丈夫先生が派遣されたのだった。


陽高漢墓の木槨

 漢代の墓の発掘調査はほとんど行われていない時代で、本格的な学術調査は初めてのことだった。発掘調査の豊富な内容は、わずかに概報などに記されているだけだったので、小野先生はなんとか正式な報告書を出版したいと考えておられたが、その機会がないまま、調査後四十年も経ってしまっていたのだった。
 小野先生は報告書の作成とは別に,わたしにそのうちの12号墳の中で出土した死者が顔にかぶる箱の研究をするようにといわれていた。「面軍(めんとう)」というもので、死者にもののけや悪霊などがとりつかないようにと、辟邪のために死者の顔にかぶせるものである。


 これには枕をさしこむ穴があって、面軍と枕は一体の造りになっていた。その枕は木製で頭をのせる部分の左右に奇妙な動物がつけられている。この獣形は極彩色で頭に角をもち、口を大きく開けて舌を出している。この様子は明らかに辟邪である。

めんとうの出土状態

枕の上の遺体

辟邪獣

各種の
めんとう

陽高の
めんとうの復元


 この報告書の完成まぎわになって、小野先生が亡くなられた。そこで小野先生の遺志をついで日比野丈夫先生がそのあとを引き継がれ、やはりわたしがお手伝いをするということで、作業を続けることになった。  


民具の枕

 ある日、日比野先生のお宅にうかがって面軍の話をしていると、先生は「河上君、中国というのはおもしろいね。二千年も前の漢代死者の枕が今にそのままの形でのこっているのだから。見たまえ」とお宅の飾棚を指さされた。その上には中国・陝西省の農村地帯の手作りの枕があった。それは二匹の虎の上半身をつないだような形をした枕である。子供の成長を祈って贈られる枕である。二千年前の墓の中で遺体を守るようにと作られた二匹の怪獣つきの枕が、少しずつ形をかえて、今は子供がもののけなどから守られ成長するようにと、お守りのような意味をもった枕に変身しているのだ。


  日比野先生の言葉に、なるほどと思わず感動すらおぼえたのだった。おかげでわたしの面軍の研究は大いにすすんだのだった。



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